大学時代、最適化理論を研究していました。
現在は第3次AI(人工知能、Artificial Intelligence)ブームですが、1990年代の当時は1980年代から続く第2次AIブームが続いていて、私も漏れずそのブームに乗っていました。
ところが学部の卒業研究で研究していたところ、AIの欠陥に気づいてしまい、私は大学院で統計による最適化理論に取り組むことになりました。
AIも遺伝的アルゴリズム(GA、Genetic Algorithm)も進化的アルゴリズム(EA、Evolutionary Algorithm)も、生物の学習・進化を模しているのですが、解の探索には乱数を用いています。
乱数は、生物で言うところの突然変異を起こす要素です。確かに想定していない領域を探索してくれるのですが、数学的に見れば、絶対的な最適化の正しさを検証できないうえ、毎回違う答えが出るので解の再現性を検証できないという問題点がありました。
わかりやすく言えば、「これが最適ですよ」という解をコンピュータが示したとして、それがどれくらい最適なのか検証する手段がないのです。
図で説明しましょう。

x1で与えられる解空間があるとします。
あまりにも抽象的なので、ある緯度の日本の東西方向の位置とします。
y1を評価値1とします。
仮にy1をその土地の地価とします。
地価の安い場所を探した場合、本来最も地価が安いのはcですが、住んでいる地域がaの近くであれば最も地価の安い場所はaだと考えます。
最適化理論ではaを選ぶことを、局所的最適解(local optimal solution)と考えます。
逆にcを大局的最適解(global optimal solution)と考えます。
AIなどのランダムサーチでは、最適解として得られた解が、aやbなどの局所的最適解か、cの大局的最適解かを判断できないのです。
これを解決するために統計的手法で局所最適解か大局的最適解かを判断する、応答曲面法(RSM、Response Surface Metholodogy)を大学院での研究テーマにしました。
さて、今回x1をある緯度の日本の東西方向の位置としましたが、日本においてx1は東経120度から150度の間の30度です。
実際には地球一周360度あるわけで、地球一周の地価を調べれば日本の12倍の地域の地価を調べる必要があります。
そうそう。緯度を固定していました。緯度をx2とすれば地球全土を調べられます。
地球だけではなく火星に住む可能性もありますね。金星もテラフォーミングしましょうか。
地球のxe1、xe2、火星のxm1、xm2、金星のxv1、xv2の全領域で最も地価の低いところはどこでしょうか?
このようにして探索領域をどんどん増やしていくと、大局的最適解が一体どこにあるのか、その解空間が膨大になりすぎて、さらに無限大となり探索不可能になります。
さて、表題に戻ります。
人類は進化してきましたが、万物すべてを理解していません。
そして人類はこれからも永遠に真実を理解できないのです。
知る必要がある領域が無限大なので、すべてを知ることは不可能です。
数学という理論の枠組みの中では、100点満点や100%の正しさを見つけ出すことができますが、それ以外の理論から見たら必ずしも正解ではないのです。
それを証明するために、ゲーデルの不完全性定理やら、不確定性原理やら、観測するまでわからないシュレーディンガーの猫やらを持ち出すこともできますが、ややこしくなるので最適化理論内で納めましょう。
(本当はパレート最適解とか説明したいけれど…)
人類が観測するべき物事はまさに無限大です。その探索領域すべてを観測することはできないし、観測したら死んでしまう物事も多々あります。
極端な例でいえば、自分の脳を食べきって消化することはできません。その前に死にます。
まぁ、それをするためにこうすればいいというアイディアはあると思いますが、わざわざそれを実行しようとは思いません。かつてはギロチンで首が切断された後にどれぐらい生きられるか、まばたきをし続けた人もいますけれど。
結論として言いたいのは、
馬鹿とは相対的な評価であり、絶対的な馬鹿は存在しない。
同様に、天才も相対的な評価であり、絶対的な天才も存在しない。
ということです。
人類はどこまで行っても馬鹿であるともいえるし、現在ですでに天才であるともいえるのです。
自分の相対的評価で現在自分自身が行っていること、過去に自分が行ってきたことが思慮不足でとても恥ずべきことをした、あるいは他者をも巻き込む犯罪を犯してしまったとします。
それらを後悔として未来に向かうためには、過去や現在の自分を否定する必要があります。
人は時に、自分を否定するがあまり、自死を選ぶ場合があります。
ところが、人類はみな馬鹿であるし、今もこれまでもそのような過ちを繰り返している。
だからまぁ、しぶとく生きた方がいいんじゃないですかという意味で、
「バカは死んでも治らない」
もっとも、自業自得もあるけれど、社会的生き物である人間は、すべて自業ではなく、他業、つまり他人の間違いによって自分が被害をこうむっている場合が多々あります。
自分の犯した過ちであれば学習して改善することはできますが、他人の犯した過ちを自分になすり付けられた場合、学習して改善はできません。
原因を明らかにして、根本的に解決する必要があります。
他人が個人だったらわかりやすいですが、社会集団である場合もあります。
過去の大戦がなぜ起きたのか。そして今や当たり前とされている学生像、受験生像や、サラリーマン像に苦しめられている人々には、解空間を広く持つよう助言したいところです。
つまり、今住んでいる日本以外では、それは当たり前ではないんですよ。