コミュニケーションは難しいものです。
今まで生きてきた環境も違うし、だからこそ経験も違う。
同じ言葉から連想される記憶やイメージは個々の人で違います。
さらには国が違い、言語も違うとなれば、そのハードルはさらに上がります。
同じ言語を喋っていたとしても、話者と聞き手の間に認識のずれが生じます。
物事を正しく伝えるためには、定性的ではなく定量的に話す必要があります。
定性的 | 定量的 | |
意味 | 数値・数量であらわせない内容 | 数値・数量であらわす内容 |
語句 | 抽象的な形容詞 | 具体的な数詞(名詞) |
人や文化による認識の違い | 人や文化により認識が違う | 人や文化により認識が変わらない |
例 | 「すぐやります」 | 「5分でやります」 |
責任 | 無責任 | 責任が発生する |
ほとんど同じ経験をしてきた職場の同僚や長い友人であれば、
「あの件についてだけど」
「ああ、それなら何とかなりそう」
なんて会話も成り立つでしょう。
長く連れ添った夫婦であれば、
「おい」
「はい」
で通じるのかもしれません。
ところが多様化の時代、年齢年代も違えば、育った環境も、常識も違う人とも情報を共有する必要があります。
その時に具体的に物事を伝えられないのでは、意思疎通もままなりません。
もし先輩や組織のリーダーなど上に立つ立場の人が、定量的ではなく定性的に喋る人であれば、責任回避のために無責任に喋っていると見ても良いでしょう。
意思決定のためのドラフト(下書き)に、定性的な用語を使ったとしても、実際に実行するためには定量的な定義が必要になります。
定性的には、
「一定間隔で線を引いて」
と言えばよいですが、実際には定量的に、
「A4用紙を横にして、6mm間隔で0.5mmの線を長さ250mmで、水平方向に平行に黒で描く」
まで指定する必要があります。
プログラミングを行っている人にとっては当然の表現ですが、本来的にはここまで指定してもコンピュータは線を描いてくれません。なぜなら、どの位置から描くかを指定していないからです。
意思決定を言葉で行っている人ほど定性的に話す傾向があるように思いますが、実際には現場で実行する人も定性的にしか説明できない場合があります。
自分のイメージが相手に共有されていると思い込んでしまうと定性的にしか説明できないのですが、物事を規定するには定量的な説明が必要になります。
判断や実行を行うためには、定量的な指示は必須になります。
ところが法律やルールの定義は定量的な数値ではなく言葉で記載される場合があります。
他の法律やルールと矛盾しないためや、細かく規定しすぎないことによる自由度を与えて、現実世界に対応していたりするのですが、この辺りまで説明すると冗長になりすぎると思うのでまた機会があれば。